とある冬の日
僕はいつものようにバイト先の「さいたまさいたま麺」でラーメンを作っていた。
昼の忙しい時間が過ぎお客が途絶えた頃店長がいきなり
「田中製麺さんの息子さんが製肉屋始めたらしくてさ、牛肉が安いんだって。」
「それでさ、近所の関根さんがステーキ食いたいらしいからステーキ始める事にしたから作れるよな?焼くだけだし。
あ、値段は500円ね。」
また始まったか。関根さん専用かよ
僕は心の中で溜息をつきながら
「あ、わかりました。大丈夫だと思いますよ、焼くだけですし。じゃぁ入り口に張り紙貼っておきますね。」
店長はちょっと嬉しそうな笑みを浮かべながら
「おう、宜しくな。俺はラーメンとギョーザしか作れないけどな。」
目の前でガハハと笑ってる店長が霞んで見えるよ母さん。目にゴミでも入ったのかな?
張り紙を貼って1ヶ月が経った。毎日のように来てくれる山田さん(仮)遠藤さん(仮)橋本さん(仮)は、相変わらず醤油ラーメン、チャーハン、ギョーザセットを頼んでる。飽きないの?
意外な事にステーキは微妙ながらそこそこの数が出るようになっていた。なんでも近所で断トツに安いらしい。
肉の味しないけど腹に入ればいいのかな?僕にはよくわからないけど店長はニコニコしてる。
こんな店長は可愛いと思う。クソ、忌々しい。失敗すると思ってたのに。
そんなある日、場末のラーメン屋には場違いなインテリ風の客が女連れて入ってきた。
もっとましな所に連れて行ってやれよ、その長い髪でどうやってラーメン食うんだよ。
「ステーキ500円って安いよね、二つ頼もうか」
マジかお前。うちの裏にうまい小洒落たステーキ屋あんだけど正気かよ、まぁあそこ3000円するしな、うまいけど。
裏の店見た上でうちに来たんだろう、きっとそうだ。やだねー不景気って
「店長ステーキ入りました~」
「あいよ!」
ま、焼くのは僕なんですがね
ステーキを焼きつつ見慣れない客の会話に聞き耳を立ててると、どうやら山の手の高級フランス料理屋の店員らしい事がわかった。
マジかこいつら、おまえらん所のまかないのがうん倍うまいだろ。はぁー、たまにはゲテモノ食ってみっかってアレか?あ、罰ゲーム?面白いことしてんね君たち。死ねばいいのに。
ステーキが焼きあがり、付け合せを乗せて皿にご飯を盛る。めんどくせぇなんで茶碗じゃないんだよ、ご飯は茶碗だろ。
「はい、お客さんステーキとご飯おまち」
「ん?ああ、ライスね。どうも。」
「わー、結構ちゃんとしたステーキね」
やっぱ罰ゲームか、死ねばいいのに。それとご飯だからな、ご飯。うちはステーキ屋じゃねぇ。
「ワイン無いの?」
ねぇよ、お前は入り口ののれん見てないのか?
「なんだ、無いのか、じゃぁハイボール。」
「あ、じゃぁ私も~、うーん、レッドアイ頂戴。」
ねぇよ、俺の目が赤くならないうちにとっとと食って帰れ。うちは回転率重視なんだよ。
「じゃぁ私もハイボール。」
そうか、これも罰ゲームの一環なんだな、次は僕を呼ぶがいい。地獄を見せてやる。
「ん、、、この肉は、、、、シェフ!」
あ、松本さん(仮)がラーメン噴出してる。シェフって誰だよ。
「どうかしましたか?」
「肉の味がしないじゃないか!タレはうまいがそれで誤魔化してるだろ!俺はシェフやってるんだぞ!」
さすがミツカンのぽん酢だ、シェフに認められたぞ。
「こんなステーキは食べたことがない!作り直せ!」
僕も500円のステーキは他で見たことありません。そしてうちはラーメン屋
「はぁ、すみません、焼きなおすので少々お待ちください。」
ずいぶん迷惑な罰ゲームだなぁ、同業とは思えない思考してるな。あ、高級店だからうちらとは違う人種扱いなのか。まぁいいよ、僕も君たちとは違うと思ってるんで。
そんな事を思いつつどっかで見たような気がする包丁の背で肉をバンバン叩いてみる。やわらかくなるんだっけ?あれ豚カツとかだっけ?まぁいいや、焼き加減もちょっと変えてみる。僕ってサービス精神旺盛だなぁ。
「へいおまち」
なんか見てる、「お待たせしました、だろ?」と目が言っている。
いや500円だし別にいいじゃん。
「うん、まぁ良くなったけどさ、でもこれ普通のステーキと違うよね、もうちょいってところだね。」
当たり前だ、ここはラーメン屋で500円のステーキだぞ、普通でたまるか。これでうまかったら裏のステーキ屋さんに殺されちゃうよ。
「これじゃ俺は満足できねぇなぁ、だろ?」
「うん、私もこんな草履じゃ食べられな~い」
「いやでも当店のステーキはこれですから、これ以上のものは出せませんよ」
ぽん酢もわからん奴の口からそんな言葉が出るとはびっくりだ。まったく、迷惑な罰ゲームだから付き合ってやるか
「あんた間違ってるよ!こんなのはステーキじゃない!ちゃんとしたステーキ持ってこいよ!金払うからさ!」
あれ?こいつ目がレッドアイになってるよ、罰ゲームじゃねぇの?っって!!!!店長いねぇ!!!また野球中継かよ糞!!
「少々お待ちください」
厨房裏の休憩室に行くと店長と松本さん(仮)が野球中継見てた。まぁいいや
「店長、客がうちのステーキ気に入らないみたいですよ。居座ってるし金払うっつってるから裏で作ってもらってきていいですか?」
「おう、別にいいぞ」
野球のが大事みたいね、死ねばいいのに。
「裏にステーキ屋があるんでそこで作ってきて貰います?それともそちらに移動されます?当然お金かかりますけど。」
「こちらで頂こう。」
あぁーめんどくせー、そんなにうちの店が好きなの?それともマジで飢え死に5秒前?
「どうもー、裏のさいたまさいたま麺でーす、うちのお客さんがどうしても普通のステーキ食いたいと居座ってるんで作ってもらって持っていっていいですか?お金払いますんで」
「あ、いいっすよー、ちょっと待っててくださいねー」
「じゃぁ出来た頃にまた来ますー、店長野球なんで。」
「ハハハ、相変わらずですね」
君は相変わらず良い奴だね、今度酒でもおごってあげよう。
「お待たせしました、業界標準のステーキです。」
「うん、これだよ。うまいよ、やればできるじゃん。」
いや、裏のステーキ屋って言ってんじゃん。馬鹿なのかなこいつ。
「さっきの肉はなんなの?あれステーキじゃないでしょ。」
「いや、うちラーメン屋ですからね、それに500円ですし、これが限界ですよ。」
「それっておかしくない?だってステーキって書いてあるじゃん。500円だろうと僕ら客は普通のステーキ出てくると思うじゃん。値段言い訳にするのは俺は違うと思うよ。肉が悪くても手間掛ければおいしくする方法あるじゃん、なんでやらないの?怠慢じゃないの?」
ラーメン屋の片手間の500円ステーキ捕まえて何言ってんだこいつ。
「でしたらなぜ裏のステーキ屋行かなかったんですか?正直うちのステーキは500円で安くて早いのがウリですんで」
うん、今決めたよ。だって味しないしそれしかないでしょ。
「だってあそこ高いじゃん。500円でうまいステーキ食べられるならそれでいいじゃん。当たり前でしょ?」
奇遇だな、同意権だ。でも存在しないよね。あったら教えて。
「適材適所だと思いますよ。学生さんなんかには安くて量があっていいって評判ですし。」
近所の関根さんにね
「じゃぁ入り口の張り紙に最初から書いておいてよ、味しないけど安くて早いよって」
そんな事したら関根さん泣いちゃうよ、そして店長もレッドアイ
「そんな事どこもやってないですよね。そりゃ安くてうまい所もあるかもしれませんし、高い金払ってもまずい所もあるけど、うまいもの食いたいんだったらお金は掛かりますよね?それはわかります?」
「うん、まぁ書かないよね、でも言ってくれなきゃ判断できないでしょ、おいしいかもしれないし」
意味がわからない、だれか翻訳してくれ。値段が判断材料じゃないの。そしてラーメン屋のステーキに期待するのは間違ってると思うぞ。
「じゃぁ高いところと安いところの差って何だと思ってます?肉の値段も違うし手間も違う、そしてうちはラーメン屋で客層に沿ったメニューを出してると自負してますよ。実際言われたの初めてですし」
「そんなのは俺には関係無いじゃん、先に言って貰ってないから彼女の前で恥かいたじゃん、俺の面子どうしてくれるの?」
うわー、クレーマーだめんどくせぇなぁ。そしてお前の面子なぞ知らん。最初から裏のステーキ屋行けよ。
「じゃぁこうしましょうか、実費掛かってるんで全部召し上がって頂いたステーキ代だけ頂戴して、最初のステーキ代は頂きませんよ。」
「違うでしょ?500円って書いてあって頼んだステーキがステーキじゃなかった。そして俺としては彼女の手前面子もあるし、ちゃんとしたステーキを頼んだ。ここまでは大丈夫だよね?」
「ええ」
めんどくせぇなぁ、橋本さん(仮)のラーメンセット作れないじゃんかよ
「なにも払わないって言ってるんじゃなくてさ、ようは頑張ってくれるの?って聞いてるの」
もう頑張ったよ僕、君の言ってる面子投げ捨てて裏でステーキ買ってきたよ。金払いたく無いって言えばいいのに。
「はぁ、頑張る、ですか」
「これからの付き合いも含めて言ってる訳よ、いろいろ動いてもらってシェフが良い人だってわかったからさ」
さっき合ったばかりだしただのラーメン屋と高級料理店とどう付き合っていくんだよ
「ほら、結局は人な訳じゃん?うまい店行っても扱い悪いと行かないでしょ?今後もここに来たいと思ってる訳よ」
ずいぶんしゃべる食い逃げ犯(未定)だなぁ、橋本さん(仮)タバコ3本目だよ。店長居ないけど金いらねーから帰れって言っちゃおうかなぁ。
続く
なんて考えたくない
え?まだ居るよ?なんで居るの?